寒中の切り干しダイコン作り [北総・里山での田舎暮らし]
寒さ厳しく、かなり乾燥してきたので、さっそく切り干し大根をつくりました。
畑に行って、ダイコンを抜いてきます。地表に露出している部分は霜でやられているので、その部分は切り捨ててきます。
自宅に戻って、ダイコンを洗います。寒いです(この作業で、風邪をひいてしまいました)。
今季は、薪作り・薪棚作り。畑作業で忙しいので、作業効率を上げるため、「ダイコンのツマ切り器」を買ってみました。短時間でダイコンを切れます^^。
このとおりです¥^^¥。刃にダイコンが詰まるので、手で外そうとしたら、手を切ってしまいました。
今まで、一日かかりだった作業が、切り干し突を使用することにより、大幅に時間短縮ができ、このツマ切りで更に時間を短縮できました。このようにして、私は、効率と便利さを引き替えに、何か大切なものを失っていくのかもしれません。
切ったダイコンは、干し網に入れて干します。注意しないと、風の強い日には、埃をかぶってしまいます。
今回は、ニンジンも干してみました。ニンジンは、ダイコンより乾燥時間が短いようです。
今季の北総は冷え込んでいます。今までの最低温度記録は-6℃でしたが、今季は-7℃を記録しました。
切り干し大根を作る合間に、ベーコンも作っていますので、後の記事で紹介します。
krause
寒中の唐辛子干し [北総・里山での田舎暮らし]
毎年2株ほどトウガラシを植えて、必要な時に畑に採りに行っていますが、今季は、トウガラシを干して保存することにしました。
トウガラシの赤い色合いは、畑の作物の中でもひときわ引き立ちます。
このように、雨の当たらない軒下に干します。
干し続けて、気候も乾燥してくる頃に、下して実を摘みます。
2株からですとあまりたくさん収穫できないので、今季は、もう少し植えようと思います。
krause
白菜の収穫とできばえなど [北総の田畑]
まだまだ寒い日が続いている北総です。今朝のムラの最低気温は、-7℃でした。東京に比べるとかなり冷えます。
この時季になると、ダイコンの白い部分が露出してきます。この部分は霜げてしまうので、包丁で切り落として使います。天気の良い日が続きそうなので、切り干しダイコン作りに精を出せます ^^。
結球しなかった白菜、今季の白菜以外の野菜の出来ばえもあまり良くないです。
こちらは、結球し見事に大きく生育した白菜、しかし、歩留まりが悪いです。
寒中の空豆、霜除けに籾を蒔きました。今年は寒いせいか、霜で枯れてしまった空豆と三月豆が目立ちます。
寒さ厳しい日が続きますが、週末は、ムラの行事に加えて、切り干しダイコンとベーコン作りをする予定です。
krause
北総のもつ鍋 [料理と食事(食らうせ^^)]
御歩射(於ムラの神社) [北総・里山での田舎暮らし]
毎年、2つの組合の当番制で、神社の儀式「おびしゃ」が執り行われます。
おびしゃは、私のムラだけでなく日本の多くの神社で執り行われるようですね。私のムラにおけるこの儀式は、時間の経過とともに、変化してきているようです。
おびしゃの詳細については、こちらをご参照ください。
おびしゃには、毎年担当するムラの組合があり、儀式では、「送る組」と「受ける組」が参加します。私の所属する組は、「受ける組」です。儀式の準備は、主に「送る組」が担当します。
儀式の最後に、送る組長が、五穀豊穣を祈りながら「ポップコーン」を蒔きます。参加者は、そのいくつかを拾って食べ、五穀豊穣を祈ります。なぜポップコーンか?ナゾです。年寄りに尋ねてみたら、以前は大豆だったそうです。
「送る組」は、神社での準備を終えると、「受ける組」を迎えに行きます。昔は、「受ける組の宿(それぞれの組の担当者)」に集まっている「受ける組」の人たちを呼びに行きますが、現在は、「宿宅」ではなく、公民館に集まっています。また、昔は(と言っても昭和30年代過ぎまで)、呼びに行っても「受ける宿は、わざともたもたして一度では神社に来ないので、「送る宿」は、何度も呼びに行って神社へ来てもらったそうです。今は、一度呼びに来られたら、すぐに神社へいきます。
*この辺りの流れは、韓国の昔の結婚式に似ていますね(葛籠を買ってくください!と言いながら、新郎宅から新婦宅へ行く葛籠を背負った新郎の友人たちは、途中で寄り道をしたり腰を落ち着けて飲んでしまったりして、なかなか新婦宅へ行きません)。
儀式では、「送る組」から「受ける組」の「宿(おびしゃのそれぞれの担当の組合内の担当者)」へ、この杯が渡されます。儀式の後に、宴が設けられるのですが、「受ける宿」は、儀式が終わると、宴の前に、この杯を自宅へ置きに行きます。
以前は、受ける組の参加者だけに渡されていた折り詰めも、現在では皆に配られます。また、宴でも、昔は、受ける組だけが飲食し、送る組は飲食をしなかったそうですが、今は、皆で飲食をします。
田舎の儀式ですので、折り詰めの中身は質素です。尾頭付きの鯛だけは、入れておかなければならない条件のようです。
宴の食べ物に入れなくてはならないのが、こんにゃくです。これだけは、仕出しを頼まず、公民館のキッチンで作ります。
宴開始後、概ね1時間を過ぎると「送る組」は退席し、自宅へ戻ります。そして、「受ける組」は、彼らが退席した1時間後にお開きにします。しかし、これは、それぞれの組によって方法が異なります。或る組では、公民館を使わず自宅で宴を行い、深夜まで延々と続きます。また、ムラには、山中に小さな神社があり、そこの担当組は、おびしゃに参加しません。120-130戸の小さなムラですが、ムラ内にも参加している組によって異なる習慣があるようです。
ムラ人の多くは会社へ働きに出ており、その忙しい最中にこのような「ムラの行事」に参加することは、時代に合わなくなってきているという意見が、しばしばムラの集会で取り上げられます。そして、実際、今では「ムラの行事」に否定的な意見を持つ人が大部分で、私自身もその意見を理解はできますが、ムラの行事に肯定的な私にはやはり非常に残念なことです。しかし、戦後の食うことさえ大変な時代から高度経済成長期を迎え、便利で魅力的なアイテムや新しい娯楽がどんどん出現してくる時代に、それまではムラ人にとって楽しみだったムラ内の風習や行事は最早その魅力も失せ、その伝承・伝達も十分でなかったことは、ある意味で仕方のないことかもしれません。しかし、そんな高度成長期も遠く過ぎ去り、私たちはその頃とはまた価値観の異なる新しい時代に来ています。或いは、また「ムラの行事」に魅力を感じる人が増える時が来るのではないか、と密かに期待しています。
krause


















